その9 お姫さまにドキドキ
タカシは思い切って姫に切り出しました。なぜ顔を隠しているのか。聞かれた姫は少し戸惑った様子で、しばらく黙っていました。
「水、いただいてもいいかしら。」
姫はタカシのベットの後ろに置いてあった水差しからコップに水を注ぐと、さっきまでミャーポンが座っていたイスに腰を下ろし、話し始めました。
「タカシさんは、ウサネコ王国初めてですものね。知らないでしょうからお話します。私は、呪いをかけられてしまったんです。と言いますか、自分からかけてもらったというほうが正しいのですけど…。本当はネコとウサギの混血なんですが、今はその呪いのせいで、こんな姿なんです。」
フードをとった姫は、裕美ちゃんそのままの姿でした。その姿を見たタカシは、
「カワイイ…。」
と、残っていた酒の力を借りてか、思わず口に出してしまいました。
「えっ?」
姫は、タカシの意外な反応に驚きました。
「カワイイなんて言われたの初めてだわ。私の周りは、みんな人間をあまり好きじゃないみたいで、良く思われてなかったから…。」
タカシは自分の言った言葉で、顔がカーッと赤くなりました。それでも、思い切って言葉を続けました。
「大丈夫、大丈夫だよ。人間の姿だからって、カワイイのはカワイイんだから。もっと自分に自身を持ちなよ。呪いって言ったってさっき、姫様言ったよね?自分からかけられたって。望んでたんでしょ人間になることを。だったら良いじゃない。」
姫はそんなことを言われたのは初めてで、嬉しくなりました。直接言われたことはないものの、いつも『なんで人間なんかになりたがったのか。』とか『頭おかしいんじゃないの。』などと、お城の中で陰口を言われているのを知っていたからです。しかし、最初からタカシには理解してもらえるという何かを感じたのでしょう。でなければ、フードを取るようなことはしなかった筈です。
「ありがとう。私、タカシさんの前ではフードを取ることにするわ。まだみんなの前で取る勇気はないけど…。そうだ、タカシくんって呼んでいいかしら。私のことも、ヒロミちゃんで良いわよ。でも、みんなの前では『姫』じゃないとまずいけど…。」
「うん、わかった。ふたりの時は『ヒロミちゃん』って呼ぶよ。」
タカシは、まだ少し頭がボーっとしていました。こめかみの部分を両手で押えていると、
「タカシ君、まだボーっとしてる?」
「うん、ちょっとクラクラするね。」
「お水飲んだら?あ、グラスひとつしかないわ…。これでいい?」
タカシが頷くと、姫は自分の飲んでいたコップに水を注ぎ、タカシにそっと手渡しました。タカシは『間接キスじゃないか…』とドキドキしがらも、それを悟られまいと必死でドキドキを押えながら、水を飲み干しました。
「そうだ、お風呂に入ったらどうかしら。」
「え?お風呂なんてあるの。」
「何言ってるの、当たり前じゃない。お風呂入ったらすっきりすんじゃないかしら。」
「そうだなー、入らせてもらおうかな。」
「このお城にはねぇ。大浴場があるのよ。王様もみんなと一緒に入って、裸の付き合いをするの。そうすると行き違いとか、思い違いも無くなるんですって。だから王様は、不満がある国民とは、まず一緒にお風呂に入って話を聞くことにしてるくらいなんだから。」
「姫、いやヒロミちゃんは王様のこと尊敬してるんだね。」
「そんなこと無いよー。でもとっても優しいの。」
「大好きなんだね?」
「うん。」
そんな素直な姫を見て、タカシはますます好きになってしまいました。でも、どうして裕美ちゃんがここにいるのか、その前に、この姫はあの裕美ちゃんと同一人物なのかどうかが一番知りたいところなのですが、ネコのタカシには聞くことができません。もどかしさをグッとこらえ、とりあえず今はこの姫を守ってあげたい。そんな気持ちになっていました。
「それじゃあ、大浴場に行きましょうか。この時間なら誰もいないと思うから、タカシくんの貸し切りにできちゃうよ。」
「本当?やったー。」
タカシはベットから立ち上がりました。ふたたびフードをかぶった姫は、タカシの手をとり、そのまま手をつないでドアを開けました。手をつながれたタカシはまたまたドキドキです。その手はとても柔らかく、温かみを感じました。
ふたりはドアを出て、左のほうに歩きだしました。すると水が流れるような音が聞こえてきました。大きな扉の前で立ち止まると、そこには「空」という札が掲げられていました。
「さすがにこの時間は空いてるわね。」
姫は、「空」の札を取り、下に置いてある箱の中から、「貸切」の札を取り出し掲げました。そして扉をあけると、そこはジャングルのように木が覆い茂り、そのなかに大きなお風呂がありました。右手には小さな脱衣所がありましたが、服を着ていないネコのタカシには関係ありません。
「じゃぁ、ゆっくりしててね。」
と言うと、姫は扉を閉めて出て行きました。タカシは手桶で湯をかけると、大きな湯舟にゆっくりと浸かりました。ものすごい湯気で、もう入口は見えません。
「はー、最高だなぁ。」
湯に浸かり、ボーっとしていると、『ガラガラ』っと扉の開く音がしました。『あれ?貸し切りになってるんじゃなかったっけ?』と思っていると…。
「どうですか?湯加減は?」
と、姫の声がしました。『ヒロミちゃんかぁ。なんだー。』と思ったそのときです。
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