その14 ネコに合わせるということ
ジルダの街に到着しました。ここはレンガ造りの建物が並ぶとてもオシャレな街です。タカシの期待はますます高まります。ひょっとしたらフルコースとか食べられるのかな、と思いたくなる雰囲気です。
「ちょうどお昼ですし、すぐ兄の店に行きましょうか。」
「さんせーい。」
タカシとミャーポンは声を揃えて言いました。サキは、まるで二人の弟を連れているかのような気分になりました。
「ビストロ・ライアン」
入口のレンガの門には木のプレートが掲げられていました。それはそれは、高そうなレストランに見えます。ミャーポンがふと小声で言いました。
「サキの茶屋とはえらい違いだな。」
するとサキは、扉をノックしようとしていた手を止め、物凄い形相で振り返りました。
「あれは、そういうコンセプトでやってるの!まったく。」
『この世界の人って、のんびりしている割には意外と短気なんだな…。』とタカシは思いました。口にはしませんでしたが。サキがノックすると、大きなコック帽を被ったウサギがでてきました。
「おお、サキ。久しぶり。」
そのウサギはそう言うと、サキを抱き上げ軽くキスしました。兄弟愛なのは理解できましたが、タカシの周りには兄弟でそんなことをする人はいません。そんな見慣れない光景に、タカシはやはり異世界を感じました。
「こちらは、タカシさんと、ミャーポン。見ての通りネコよ。お兄ちゃんの自慢の料理、食べさせてあげてね。」
「まかしとけ、頑張るぞ。」
二人はそんな兄弟を前にして呆然としていました。ミャーポンも口をポカーンと開けています。どうやらこの国でも珍しい兄弟愛のようです。
「あの、こんちわー。」
二人は小さい声で遠慮がちに挨拶しました。
「はい、こんにちは。妹がいつもお世話になっているみたいだね。今日は腕によりをかけて作るから、楽しみにしていてよ。」
するとタキシードを着たウサギがやってきて、タカシたちを案内しました。どうやら他にお客さんはいないようです。『こんなお昼時に客がいないって、流行ってないのかな。』とタカシが考えていると、そのウサギはこう言いました。
「今日はサキさまがお友達といらっしゃるというので、他のお客様は全て断りました。気兼ねなくゆっくりなさってくださいね。」
やはりサキとライアンの兄弟愛は、少し熱がありすぎるようです。
「兄はねえ。普段はウサギ向け料理を専門にやってるんだけど、今日はネコの友達を連れて行く、って言ったら張り切っちゃってね。全部別メニューで作るらしいから、楽しみにしていてね。」
テーブルには綺麗なレースのクロスが掛けられ、タカシにとっては、今までテレビでしか見たことの無いような雰囲気です。庭は緑が多い茂り、良く見ると食べられそうなハーブが栽培されていました。期待が高まります。口の中は、すっかり洋食モードです。
まず、小鉢が運ばれてきました。
「こちらは、まぐろのカルパッチョ風になります。」
見ると、まぐろの赤味に軽くソースがかかっていて、細かい粉状のコショウのようなものがかかっています。
「いっただっきまーす。」
いくつか並べられているフォークの、一番外側のものを手に取ると、まぐろを口に運びます。すると口の中いっぱいに広がったのが醤油風味。『ん?確かにおいしいけど、これってマグロの漬けじゃないか?しかも上の粉は鰹節。めちゃめちゃ和風だ。』想像とは違いましたが、とりあえず二人は満足です。
「どう?」
「最高。」
「メインが気になるよー。」
二人の満足な様子に、サキは嬉しくなりました。
「続いてスープでございます。今回は、ネコの方に喜んでいただけるよう、特製のスパイスを効かせてございます。」
運ばれてきたのは、少し茶色かかったスープでした。口に含むと、鰹の良いダシと豊かな味噌の味。そう、それは味噌汁でした。豆腐とわかめの入った味噌汁を、スープ皿からスプーンで飲むというのは不思議な感覚です。確かに美味しいのですが、二人は嫌な予感がしました。
その後運ばれてきたのは、「ホットスモークサーモン」という名の焼鮭、「白身魚のすり身とオマールエビ入りスープスパゲティー」という名の天ぷらうどん。これらをフォークとナイフ、スプーンで食べるのは至難の業でした。そして最後は「ビーンズタルト」という最中でした。
決して味は悪く無いのですが、この雰囲気でこの料理というミスマッチ感がどうしても拭いきれません。どうせなら箸で食べたかったな…と思いつつも、お腹は満足でした。すると、シェフ・ライアンがテーブルにやってきました。
「いかがでしたか、今日のネコ様用特別コースは。」
「美味しかったです。」
「最高だね。」
二人は素直に答えました。するとライアンはこう言いました。
「普段はもっと、人間界のイタリアの味を目指しているのですけど、ネコ様には口に合わないと思いましてね。何しろネコ様は、味噌スープをライスにかけたりされるそうですから。私にはそういった料理はできませんから、精一杯今回、ネコ様のレベルに合わせ、頑張ったつもりです。」
タカシとミャーポンは、何故だか少しバカにされたような気がしました。
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